様式としてのジャンルと精神性としてのジャンル

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前にこんなツイートをしました。

え、どゆこと?って思われる方も多いかもしれませんが、これは音楽に限った話でもないと思うんですよね。

外見と中身?

やたらと鋲が付いたレザーファッションの人がかならずメタラーとはかぎりませんし、ダボダボの服で腰パンしてる人が全員ヒップホップなわけでもないでしょう。

このように、外見と中身が一致しないことというのは多々あるものです。

ジャンルは外見

で、音楽のジャンルは一般的に外見の部分で分類されます。

  • 使っている楽器(音色的な)
  • 構成、形式
  • フレーズ、メロディパターン
  • リズムパターン
  • コード
  • ファッションなんかも

こういった各要素に共通したパターンや様式などを含むものが同じジャンルとしてまとめられます。

精神性としてのジャンル

そういった外見の様式とは別に、各ジャンルには「何を表現するか?」という潜在的なテーマもあるものです。

反体制なパンクや自然崇拝的なブラックメタル、キリスト教がベースのクラシック、といったように、音楽のジャンルと精神性、哲学、宗教というのは密接なつながりがあります。

始まりはそういった哲学を表現するために様式が形作られたのだと思いますが、次第にその様式を使って違うことを表現しようとする流れが生まれてきたり。

さらにはそういった流れは様式の変化を生むことになり、新たなジャンルとして分裂しフォロワーが増えることにより確立される、という流れを繰り返しています。

やっぱりなんか違う

外見の様式はサウンドを形作り、精神性は空気感や雰囲気みたいなもの(細かい部分と思ってもいいかもしれません)として表れます。

外見をいくらワイルドにしても育ちの良さが隠しきれない、みたいやつです。

改宗するしかない?

表面的なサウンドは知識や技術でマネできたりしますが、精神的な部分は深いところでの共感や理解がないと難しいのでマネすることができないと言ってしまっていいと思います。

「まあ色々あるししょうがないよねー」なんて言い出したらロックなんてできないってことです。(深い意味でってことですよ)

ですので、突っ込んでやりたいと思ったら留学したりしてその文化の中にどっぷり身を置いたりするのは有効な手段だと思います。

宗教音楽は改宗するところからですね。

あんなものは認めん!

といった感じで最初の話に戻りますが、皆さんも音楽に限らず「いや、そうなんだけど、そうじゃないんだよなー」ってことありません?

こだわりの強い方は「あんなものは俺は認めん!」なんて言い出すやつです。

どの分野にもそういうこと言い出す人いますよね。

同じジャンルに分類されていて、たしかに表面的には合ってるんだけど、でも「やっぱりなんか違うなぁ」って感じたりするのは中身というか深い部分の問題だということですね。